ドラッグストアのカウンターから見える「孤独死回廊」の入口

仕事日記

今日、私のレジには三人の「老い」が同時にやってきました💦

🔴一人は、かつて気品に溢れ、高級ブランドの財布を手にしていたマダム。

わずか数ヶ月の間に、自分が何を買いに来たのか、お金を払ったのか、分からなくなっていました😭

🔴一人は、こちらの方も裕福なおばあちゃんなのですが、足が不自由で、店員を「召使い」のように動かさないと買い物ができない方。

🔴そしてもう一人は、腰が折れ曲がり、片目が潰れ、膿と血で固まった状態で「目が見えないから持ってきて!」と叫ぶ方。

そのおばあちゃんは、耳も遠くて、コミュケーションが本当に取りにくかったです😖💦

この三人が一度に来てしまったので、新入社員君を呼んで、耳の遠い片目のおばあちゃんは彼にお願いしました💦

頑張って買い物を聞いて、商品を持ってきてあげてました。

少ない店員で、この買い物介護状態は、本当に大変です💦

ドラッグストアに勤めて6年…

専業主婦をしていた頃には分かりませんでした😰

超高齢化社会は、ニュースの中の出来事ではなく、じわじわと、でも想像を絶するスピードで私たちのすぐ隣まで迫っていることを😱

1. 「老い」は誰にもコントロールできない

目の前で混乱するおばあちゃんを見て、私はうっすらとした絶望を感じずにはいられませんでした。

どんなに富を持っていても、どんなにお洒落をしていても、脳や身体の衰えを完全に止めることはできません。

そして一番怖いのは、彼女たちの多くが、自分の「異変」に気づいていない、あるいは認めたくないという点です。

お金持ちのマダム達は、自分達はしっかりしている、でも友人や知人は認知症になってしまって大変なの、そうなりたくないわ、と言うのです。

2. 福祉という「命綱」に繋がれない人々

日本は、他国に比べれば福祉制度は整っているはずです。

誰かが気づき、地域包括支援センターやケアマネジャーに繋ぐことができれば、あの片目が膿と血で固まってしまっているおばあちゃんの目も、適切な治療を受けられたかもしれません。

しかし、スマホも使えず、頼れる身寄りもなく、買い物さえ自力でできない独り身の高齢者にとって、その「命綱」はあまりにも遠い場所にあります。

片目のおばあちゃんは今、誰にも気づかれないまま、静かに「孤独死回廊」へと足を踏み入れているのではないか……。そう思えてならないのです。

そんな繋がれない高齢者、弱者は、片目のおばあちゃんだけでなく、他にも沢山、独居のおじいちゃん、おばあちゃんが私の店には沢山来られます。😱💦

3. 「店員」という立場の限界

私たち店員は、お客様の変化を敏感に感じ取ります。

「あ、あのおじいちゃん、最近お酒の量が一段と増えたな…手も震えてるし、大丈夫かな…😰」

「あのおばあちゃん、顔に傷が出来てる😵‍💫転んだのかな….」

でも、私たちの仕事はあくまで「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました」まで。

明らかな事件性がなければ、私生活にまで介入することはできません。

変化を感じながらも、背中を見送るしかないもどかしさ。

今の日本は、こうした「こぼれ落ちそうな人々」を、地域の住民や、店員、ボランティアの、微かな「善意」という細い糸で辛うじて支えている状態です。

結び:未来への不安を抱えて

今日、大学の入学式スーツを新調した息子。

彼らが社会に出て、子育てする頃、この国はどうなっているのでしょうか😰

最近は戦争も始まってしまい、本当に恐怖です。😭

AIや自動化、ロボット化で、日本はみんながもっと生きやすくなるのでしょうか💦

私の中では、対策も、答えも、まだ見つかりません。

ただ、私は明日もカウンターに立ち、おばあちゃんたちが明日も無事に来店できることを祈りながら、品出しをし、買い物がしやすい様に整える事。

また、お客様が来たら、地道に声掛けをしていく事しか出来ないのかな、それぐらいしか出来ないかな😭

その声掛けで、少しでもお客様の気持ちがホッと出来れば良いな…

と思います。

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