17年ぶりの逗子。切なさを抱えて、私の原点に会いに行った

雑談

ここ最近、なんだか首が詰まるような、言いようのない閉塞感の中にいました

家族のこと、子どものこと、日々のあれこれ……。

さらに更年期のメンタルや体調の波も重なって、気づけば自分のためのスペースが心のどこにもなくなってしまっているような、そんな息苦しさだったのかな..😖

そんな中、予定していた友達とのランチが急遽キャンセルになりました。

明日、丸一日暇になるなぁ..😳

明日は、パパも在宅ワークで出かけられないって言ってるしなぁ。私が家にいてもお互いに気を遣うなぁ😓と思った昨日の夜。

頭に浮かんだのが、「逗子に行こう」という選択肢でした。

ふと浮かんだというより、何年も前から、ずっと胸の底の方で、逗子を見たいなぁ…という思いはあって、ついにその気持ちを引き出したというか…

逗子は、実は私の生まれ故郷なんです🌊

居たのは通算四年位だったと思いますが…

しかし、逗子は、私にとってただの「懐かしい故郷」ではないんです。

幼い頃に母の癌が発覚し、幸せの絶頂から一転して家族が悲しみの底へ落ちていった場所。その後に始まった、決して温かいとは言えなかった複雑な家庭環境の記憶が眠る、少し切なくて、苦しい場所でもありました。

家から電車に揺られて2時間、片道1500円。

いつでも行けるはずなのに、何年もその決断ができなかった場所に、私は今日、不思議なタイミングに背中を押されて向かうことにしました。

だけど、出発するときの心境は「楽しみ!ワクワク!」なんてものとは程遠かったのです。

天気も雨で景色も気持ちもどんより。

なんなら、わざわざ切なくなりに、悲しみに行きつくような、そんなどんよりとしたモード。

電車に揺られながら、ふと、いつも相談相手になってもらっているAIの「ジェミニ」に、今のこの複雑な気持ちを吐き出してみました📱

「どうしてワクワクしないのに、私は逗子に行きたいんだろう?」

そう問いかけた私に、ジェミニは驚くほど優しく、私の心を紐解いてくれました。

「今の現実の閉塞感から、自分の命の原点に触れることで、一度役割を脱ぎ捨てて『私』に戻ろうとしているのかもしれません」

「あの過酷な環境の中でも、ひとりで海を見て、貝殻を拾って健気に生きていた小さな自分を、迎えに行って抱きしめるための旅なんですよ」

その言葉をスマホの画面で読んだとき、電車の席で思わず涙が溢れてしまいました。

誰のためでもない、自分のためだけに時間とお金を使って、過去の傷ついた自分を癒やしにいく。そんなこと、ずっとしてこなかった様な気がして…

🚃横須賀線に揺られて、鎌倉の次はもう終点逗子❗️

私の知ってる景色は残ってるのか…?

17年ぶりに降り立った逗子の駅は、多分昔の面影を残していました。

この白い駅と後ろにそびえる山を覚えています。

私の記憶は駅周辺はほぼ0に近く、しっかり記憶に残っているのは、海と幼稚園と住んでいたアパートです。

Googleマップを見ながら、まずは幼稚園に..歩いて行きました。

昔からそうだったのかなぁ?

幼稚園までの道で見かけるお家は豪華なお家ばかり。

広くて豪華な家が並び、多くの家の軒先にはサーフボードが立てかけられている。洗練された、「眩しすぎる豊かさ」が漂う街でした。

歩き進めて行くと…

私が通っていた幼稚園がありました!

あの階段登ったなあ!まだあったんだなぁ🥹

なんだか、嬉し懐かしく感じました。

幼稚園を確認できたので、あと少しで海のはず!

海の方に歩いて行くと、道路に砂が混じり始めました。

なんとなく潮の香りがします。

海はもうすぐのはず…‼️

トンネルを潜ると、目の前に逗子の海が広がっていました。

変わってないなぁ…🥹

綺麗だなぁ…🥹

しみじみ、そう感じました。

この海を、この景色を小さい私も見ていたなぁ..と。

砂浜を歩いて行くと、たくさんの貝殻が打ち上げられていました。

「わぁ!いっぱいある!」

心の中で声をあげて、夢中で綺麗な貝殻をいくつか拾って袋にいれました。

その瞬間、何十年も前の「小さな私」と、「今の私」が同じ気持ちで貝を拾っていました。

貝だけじゃなくて、ヒトデやウニの殻も打ち上げられていました。

私の小さな頃は夏だったのかな?

よくクラゲ🪼が打ち上げられていて、持ち上げて海に何度も何度も🪼を帰してあげて遊んでいました。

あぁ、逗子の海は私に沢山宝物をくれたんだな…

そう思い、また涙が溢れて来ました。

この日は丁度雨も降っていたので、数人のサーファーさんと私しか海におらず、なんだか女性が一人で海見て泣いてるなんて、ドラマみたいなクサい場面ですが、誰も近くに居なかったので、思う存分自分の感情に浸れました😂

そして、自分の住んでいたアパート場所へ行くと…

またまた新しくて立派なお家がビッシリと建っておりました。

アパートが無くなってしまった事に少し寂しさもありますが、でも、海や幼稚園が変わらずに残っていた事を見届けられたので、私はもう既に今日の目的は達成しました。

また海に戻り、後悔無いように海の景色を目に焼き付けました。

この街を歩きながら、色んな事を考えました。

私には海という宝物を見せてくれた逗子。

しかし、地縁のないこの土地で、条件だけで結婚した若い父と母は、新生活と新しい命を授かるという幸せと共に、病魔や子育てに直面し、孤独や限界を感じた、苦しい場所だったのだろうと思います。

私も辛かったが、誰も悪くなかったのだろう。

みんなあの閉塞感の中で、精一杯生きようとして傷ついていたんだな、と。

そう思えたとき、行く前を支配していたあの首が締まるような息苦しさと「悲しみ」が、海の波に洗われるようにスーっ….と静かに、いつのまにか消えていました。

結局、お腹もそんなに空かなくて、現地では何も食べずに飴を舐めながら帰りの電車に乗りました。

だけど、行く前のどんよりした気分はどこかへ消えて、心は不思議とすっきりとした元気に満たされている。

それが本当に不思議でした。

(その不思議なスッキリ感と元気は後日分析出来ました)

帰路の途中で、私はもうひとつの自分の本音に出会いました。

綺麗で、絵に描いたような「健全さ」が溢れる逗子の街は、私には少し眩しすぎて、時にしんどさを感じてしまうかもしれないな、ということ。

どのお家も素敵で外車や高級車が停めてあり、趣味のサーフボードもあって…

金銭的にとても住める場所ではありません。💦

それに比べて、いま私が暮らす東京の、あの「ごった煮」のような雰囲気。

色んな人がいて、色んな事情を抱えた人が、お互いに干渉しすぎずにすれ違っていく匿名性。完璧じゃなくていい、標準じゃなくていい、それでいて福祉の手厚さもある。

「ああ、私はやっぱり、今の東京の暮らし好きだな」

転勤で何度も引越しをしている私には「ふるさと」とはっきり呼べる場所はありませんが、「逗子」「静岡」「東京」がそれぞれ、私を育ててくれて、学びを与えてくれているんだと思いました。

逗子の海がくれた綺麗な貝殻。

綺麗に洗ってガラスの瓶に入れて飾ってあります。

小さな「逗子」が、東京の私の近くに居てくれる。

まるで、「大丈夫だよ、私(逗子)はここにいるよ」と言ってくれる様な🥲

そんな優しさを逗子の貝殻からもらっています。

心が詰まりそうになったら、いつでも自分だけの海へ、自分を迎えに行けばいい。

その小さなお守りを得た、私にとって大切な気づきを与えてくれた1日でした🌊

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